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解 śūnya

人は同じくらい好きにはなってくれないし、嫌いにもなってくれない。

ちょっとTwitterでとある問題について話し合わせていただいて思いました。

自分がどんなに関わりあいたくても、相手が関わりあいたくなければ成立しません。

自分がどんなに愛していても、相手が愛していなければお付き合いも結婚もできません。

自分がどんなに嫌いでも、相手が好きなら寄ってきます。

自分がどんなに嫌でも、仕事をする為の明日は来ます。

自分がどんなに一緒に居たくても、一緒に居れない日もあります。

いくら両親と子どもや兄弟姉妹、恋人、ご主人や奥さんがいても、自分という人間とは違う存在です。

同じ時に同じぐらいの想いを抱えているわけではありません。

どうしても少しか、沢山か合わせにいってるから良好な関係が成立しています。

合わせれない時に合わせれない自分に対して傷ついたり、合わせれない相手に怒ったり。

繰り返して関係を築けるのです。

そして、合わせれない事に自分の力がないんじゃなく、自分の器はここまでだと認知したり、相手が合わせれなかったら諦めて待ったり。

家族だからできること、恋人だからできること、友達だからできることっていう優しさのスパイスがあったりします。だから続く家族や恋人、友達は続くし、続かない家族や恋人、友達は続きません。


ここで、人間関係に悩むのが、社会との折り合いです。
家族や恋人、友達とはまた一味違う関係性だと思います。

私が読んだ、とある心理学の本に 「嫌われたら心理学者でもかなりのエネルギーを使わないと修復できない」 ということと、「人間が状況を変える時は ①その状況に馴染む ②自分で状況を変わる ③逃げる のどれかしか選べない」ということが書いてありました。(文が間違ってるかもしれないうぐらいのうろ覚えです。間違ってたらすみません。)

この3パターンしかないって分かると少し心が楽になりませんか?(私は楽になったもので、違ったらすみません。。。)

悩んでる時って、頭の中に雨雲が充満しているかのように、灰色でフワフワまとまりもなく、辛いその時の感情があると思います。

この3つのうちのどれかって言われたら、ちょっと絞れませんか?

社会だけじゃなく、家族や恋人、友達のことで悩んだ時でも同じです。

結局自分からじゃないと何も変わらないのが、人生です。

時には引っ張り上げてもらえる時もありますが、悩んでる自分よりもうちょっと違う角度で居てくれてたから、引っ張り上げてくれたのです。
引っ張り上げれる人は、決して同情をしません。同じ道を通ったことがあって解決に向かってる人か解決してる人だから、引っ張り上げれます。

なんかちょっとずれてしまいましたが、同じくらい好きにならないし、同じくらいに嫌いにはならないし、感情が同じ方向なだけで、好きも嫌いも同じ度合いの人に出会える事はないと諦めた方が、苦しくなくなる気がしています。
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by kai_sunya | 2014-06-30 11:37 | 日記